10月7日土曜日は、城跡・古戦場ウォーカーのサイガさんガイドによる城跡・古戦場散歩会「忍城の闘い『戦闘』の現場を歩く」でした!

1週間前から雨の予報で心配でしたが、集合時間の12時前には雨も上がり、わりと快適な気温になりました。天気と言い場所と言い、人が集まるのかちょっと不安でしたが(汗)、17名の方にご参加いただきました! ありがとうございます!

忍城といえば、「水攻めの城」として何度も小説の題材になっていますが、昨今では映画化もされた小説「のぼうの城」で一躍脚光を浴びたお城。その有名な水攻めは、天正18年(1590年)に始まった豊臣秀吉の「小田原攻め」の時の出来事です。
城主の成田氏長が小田原に召集されている間に、従兄弟の長親(映画では野村萬斎が演じていました)が指揮官となり、兵や農民とともに籠城。石田三成の軍がそこに水攻めを仕掛けて……というお話でして、詳しくは「のぼうの城」をご覧ください!(逃)

この忍城、荒川と利根川という二つの大きな河川の間にあり、水運や交通の要衝として江戸時代には川越城や岩槻城と並ぶほどの重要なお城だったそうで、松平氏といった上級の家柄の人が入るお城だったとか。

……といった説明がまずサイガさんからあり、一行は行田市駅を出発。

「地獄橋跡」とかいう不穏な名前の場所から城内に入ります。

地図を見ながら現在地の説明をしているサイガさん。

上の写真の後ろのフェンスの向こうが、諏訪曲輪の堀の跡。草むらになっていますが、少し行くと道になります。下の写真の左手の壁的なものは、土塁の跡で、ほぼ昔のままの高さだそう。

道の脇に、水路が残っていて水が流れています。

元はこの道幅全体が堀だったそうなので、この水路はほんのちょっと残った部分のようですが、水攻めの城を見に来た身としては、「あー水の豊富な場所なんだなー」というイメージをあらためて抱きつつ……。

そして諏訪神社へ。柱の建っているこんもりとしたところがかつての土塁の跡で(石垣は後から造られたものです)、この写真を撮った場所でそのまま背後を振り返ると……

間を国道が通っていますが、こちら(諏訪神社)側の土塁とほぼ同じ高さの土塁が道の向こう側にあります。かつては土塁が繋がっていたのを、道を通すために分断したそうで(上の諏訪神社の写真の正面の、石垣になっているところが分断面)、向こう側は観光用に後から造ったものだそうです。

ちなみに向こう側は本丸(博物館になっています)のある、現在の観光地としての「お城」。ただし天守も周囲の櫓や塀も、昭和の最後くらいに復元されたものです。

で、そちらの天守の方にまいります!

先述の二つの大きな河川に挟まれた扇状地にあるこの街。歩いていても、ほとんど起伏のない真っ平らに見える地帯ですが、よーく見るとお城のあった方が少しばかり高くなっているのが分かります。(車がかぶっちゃってスミマセン)

言われて気づく微妙~なアップダウンですが、これが城跡をめぐるのに重要なポイント。この日はあちこちで「ここが少し高い」「この高さが本来のもの」といった説明がサイガさんからありました。
一人で歩いていても、ちゃんと分かっていて当たりを付けていかないと気付かないかも(^^;

けれど一見まっ平らに見える土地に残るわずかな起伏から、歴史の痕跡を感じ取れるのは、面白いですね!

そして、そのちょこっと高くなっている方に行きますと。

どーん。

復元とはいえ、そしてそれほど大きくないとはいえ、けっこう見栄えのするお城です。(見学後、みんなでフォトジェニックな場所を探し押しのけあいながら写真を撮りました♪)

内部は博物館になっていて、忍城や行田市の歴史が展示されています。展示の中心に周辺のジオラマがあり、それを元にサイガさんから当時の一帯の様子と登場人物の誰がどこにいたかなどの解説。(展示物は全て撮影禁止でした、ジオラマが撮れず残念)

一番上の層には展望台があり、石田三成側が陣を置いた丸墓山古墳がどうにか見えます。

窓が狭い上に太ーい柵があってやや難儀しましたが、サイガさんから一人ずつ「あそこです」の説明あり。遠くに見えている、左から二番目のこんもりしたとこです。微妙に、斜面に木が生えていない小山が分かるでしょうか?

ちょっと遠いので今回はそちらまで行くのはやめましたが、三成の築いた「石田堤」の跡も残っています。

博物館を出て、先ほどジオラマで解説してもらった、実際の戦闘の場所をめぐってみます!

周辺の道は、ほぼ昔のままの形で残っています。緩やかな曲がりくねり具合に、城だったころの名残が。

(そしてお楽しみのゼリーフライ休憩!)

シンプルですが、ジャガイモほくほくで美味しかったです(^^)

休憩場所にした水城公園は、元は堀(というか城を囲む沼)が大きく出っ張った場所。忍城が湿地帯に建てられたお城であることが実感できます。

ところで……! 最初の写真から、じわじわと空の色が変わってきているのがお分かりでしょうか! はい、ものすごく晴れたんですここらへんで。暑かったです!! あの天気の心配、なんだったんだろう……いや、良かったけど。

水城公園を出て、街中を少し歩きます。高源寺というお寺があります。

ここは、家老の正木丹波守利英(映画「のぼうの城」では佐藤浩一が演じていました。カッコよすぎて反則だと思いました)が戦の後にひらいたというお寺です。映画でもラストシーンにそんなセリフがありました。

そのはす向かいに天満宮があるのですが、ここらがその正木丹波守の守った「佐間口」。

激戦地の一つですが、ただし正木丹波は激戦になった時は別の場所に応援に行っていてこの場所にはいなかったとか。(戻ってきたのを見て、敵の兵が慌てて逃げた?という話もあるそうです)

歩きまーす。
城跡探索の途中ですが、行田市は古い町並みの雰囲気の残る素敵な建物が多いです。

古い蔵や看板建築の建物があちこちに建っていて、解説などもついています。これを巡るのも楽しそう。

この地は水運にとっても重要な土地でしたが、日光へと繋がる千人同心街道や、街の中心からは外れていますが中山道も近くを通る交通の要衝でもあり、今は静かな街並みですが立派な蔵が往時の繁栄ぶりを想像させます。

ちなみに足袋の生産地としても有名で、10月からドラマにもなる池井戸潤の「陸王」の舞台でもあります。ドラマは明日からとのことで、行田の街が映るかな♪と楽しみです。

街並みを見ながら大手門までやってきました。大手門の堀の跡が、こちら。

入り口が枡形になっていて、その空間が現在この駐車場になっているのですが、

門柱の「ヤクルト埼北処理工場」が気になって仕方ない一堂でした。(ヤクルトの処理工場ってなんだ!)

もうひとつの名物、十万石饅頭も食べました(^0^)

蔵造りの素敵な建物で、ひとつからでも販売してもらえるのが嬉しいです。食べ歩きしまーす。

駅の近くに戻ってきました。歩いているのは、かつては堀だった道。右側の建物の建っている地面が、道よりも高くなっています。
こちらの石の階段は、水路があった頃の船着き場の跡か。

そして忍川へ。柴崎和泉守(映画では山口智充が演じていました)の守っていた長野口はこの近く。ほとんどひとつの円の中に収まるような形の忍城で、半島のように飛び出した場所の突端です。

このあたりが忍川の船着き場で、ここでこの日の散歩会は終了でした。

城跡めぐりもさることながら、今回は映画で物語を把握した後で「この場所があの場面の」という感動もあり、また「映画ではこう表現していたけれど、実際は……?」と言った話も聞けて、それも面白かったです。

なお、映画では激流が押し寄せていた水攻めのシーンですが、地形的に言ってあそこまでの流れになることはないだろうとのこと(^^;
水は溜まってもせいぜいくるぶしくらいまでではないか? とか……。
ま、そこは演出です。それはそれとして楽しみ、現地に行って「本当はこうだったんじゃないの?」と楽しみ、二度楽しめました。
ちなみにDVDレンタル期間中だったので、帰ってもう一度見て三度楽しみました~(^^)

これから忍城に行かれる方は、映画を見てから行かれることをお勧めします。戦国の歴史はイマイチ弱いぱきらにも、あれは分かりやすい物語でした。

それと、復元天守の博物館で、散策マップを売っています。ぱきらは買いそびれてしまいましたが、参加者さんが何人か購入されていて、持ち歩くとさらに楽しめるようでした!

サイガさんの次回の散歩会は、12月16日の土曜日。お台場から三田へ、幕末の痕跡をめぐって歩きます。今回も映画を見て、歩いて、また見て楽しめましたが、12月の散歩会は来年の大河ドラマの予習にぴったりです。

江戸の幕末動乱の幕開け・薩摩藩の痕跡を歩く

たくさんの方のご参加お待ちしてまーす(^^)/

この記事の投稿者

ちゃらぽこ・ぱきら
ちゃらぽこ・ぱきらちゃらぽこの中の人
散歩&歩き旅が好き過ぎて、「散歩かふぇ」を作ってしまいました。東京・東高円寺の「散歩かふぇちゃらぽこ」店主です。街道歩きとか、東京散歩とか、古地図散歩とかしてます。庚申塔と子連れ狛犬と看板建築とラーメンが好物です。