浜名城と野地城(A)

浜名湖の奥の北の瀬戸が猪鼻瑚。

その猪鼻瑚の東岸に築かれた水運の城が浜名城。別名、佐久城。

永禄11年に徳川家康が、この城を攻略して本多平八を入れる。

天正11年に北に一キロの場所に野地城が築かれる。

江戸時代に入り姫街道の宿場となり、
家光が上陸するときは野地城で休憩をしたという猪鼻瑚の制海権の城。

延宝八年に廃城となるが、
それまでは将軍の休憩場所となっていた。

宇津山城(B)

浜名湖西岸に築かれた制海権の城。

今川軍が三河侵攻の拠点として宇布見城(C)から船に乗り宇津山城に上陸。

浜名湖掌握の象徴的存在。

桶狭間合戦後、徳川家康は宇津山城を攻略しようとして

周辺の在地領主を調略する。

東の堀江城(現舘山寺・D)、西の宇津山城 

二つの城で浜名湖の制海権を維持していた。

船の舵は宇津山城の近くの民家にあったもの。    

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サイガ
サイガ
戦国時代の城郭、倭城、幕末の台場、外国の要塞の観察や古今東西の古戦場を歩く事で戦争・戦闘は「地形」「街道」とリンクする事を考察。縄張図も描きます。「人間万事塞翁ヶ馬」「独り虚しく犬死」が信条。「散歩カフェちゃらぽこ」にて講座の講師や散歩会のガイドとして活動中。